どんな仕事をしていても、たとえ遊んでいる時でさえも、当事者意識は大切だ。目の前のことに本気でなれなければ、目の前のことを本気で楽しむことも、目の前のことを通して周りの人を楽しませることも出来ないのだから。
- 他人事は存在しない
- まとめ
他人事は存在しない
「フェイスブック」の社内を歩くと、なにも張っていない壁を見かけることはほとんどありません。チームの壁にも、「フェイスブック」の企業文化を模したアート作品や、近く開催されるハッカソンのフライヤー、新設されるデータセンターの完成予想図が張られています。
そして、「大胆であれ!」「フェイスブックにはどのような問題も他人事ということはない」と書かれたポスターも見えます。
何事も本気で取り組まないと面白くも、楽しくもないでしょう。目の前の仕事が楽しくないのは、その仕事に対して本気で取り組めていないからかもしれない。その仕事を自分はどうしたいのかという目標もなければ、絶対こうしたいという気概もないから、どう転んでも嬉しくもなければ悔しくもない。ただただ生活していくために、お金のために働くことになる。
仕事に対してしっかりと責任を取る覚悟があるだろうか。「自分は平社員だから責任なんてない。責任を取るのは上司の仕事だ。」なんて考え方で生きてしまっていないだろうか。役職なんて関係ない。自分が手掛けるものに対して責任持つのは当然のことだ。目の前の仕事に責任持つからこそ、それが認められれば自分自身も評価されるようになるし、そうなれば達成感が生まれる。
830の会社でも当事者意識が叫ばれる。新入社員研修で、「社内でも当事者意識が根付いてきた」と説明されていたので、「当事者意識が根付くまではどんな感じだったんですか」と質問した。すると、「業績が悪くて社長が変わった時にアンケートを取った。そこで『お手並み拝見だ』という答えがいくつかあった。これを見て当事者意識が欠落していることが分かった。」と答えてくれた。そんな人がいる会社で働くことになるのかと悲しい気持ちになったと共に、自分はそうなりたくないと思ったことを思い出す。
他人任せにせずに、発言し、行動し、責任を取っていく。
そうすることでしか、仕事を楽しむことはできない。
まとめ
他人任せにせずに、どれだけ自分の仕事に責任を取れているだろうか。自分に問い直してほしい。
仕事が楽しくないのでもなければ、職場が楽しくないのでもない。仕事も、職場も楽しめない自分がいるだけだ。責任を取る覚悟が決められない自分がいるだけだ。
発言するのは本当に勇気が要ることだ。自分の意見を言って、間違っていれば責任を取らされるかもしれない。しかし、だからこそ、認められた時の喜びがある。ことなかれ主義で、何も意見せず、周りの意見に付和雷同に生きている人間が、仕事を、人生を謳歌できるはずがない。そんな資格あるわけない。
現状に少しでも不満があるのであれば、自分を変えろ。覚悟を決めろ。発言しろ。そして、責任取れ。
会社の中でどれだけ間違った発言をしたとしても、せいぜいクビになるくらいが関の山だろう。そんなの何も怖くない。今の会社よりもいい会社なんて山ほどある。会社に依存するな。辞める覚悟で発言しろ。
今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。
本記事はあくまで830の主観を織り交ぜた上で、書籍の紹介をさせて頂いております。書籍との食い違いが生じてしまっている場合もございます。ご理解頂けますと幸いです。
正確な情報については、是非原本をご購入の上、お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
今後も宜しくお願い致します。